豆腐工房をつくった人

増田清
株式会社マスダ 増田清

自社製品を生み出すために

精密加工のメーカーがなぜ豆腐づくりを始めたのか。プロジェクトの先頭に立ったのは、増田社長でした。「そもそも自社技術を生かして、自社製の機械をつくりたかったのです。何がいいだろうと考えていると、宮田で転作作物の大豆が余っているといいます。ならば豆腐づくりをはじめて製造機械もつくろう、そう考えたわけです」

農家との信頼関係

「ナカセンナリが豆腐にしにくいことは後で知りました。でもこの大豆は美味しい。豆腐づくりが難しいなら、誰も真似しないだろうという予測がありました」そこで当社では、豆腐づくりの職人を養成する一方、大豆の品質になるべくバラツキがないよう、栽培の仕方はもちろん、収穫後の保存方法にいたるまで、農家の皆さんにこだわっていただきました。「今後も大豆づくりを継続していただけるよう、収量を上げる方法や連作障害に強い土づくりなどで協力していけたらと思います」

お客様に認めていただけた喜び

今でこそ多くの方々に知っていただいている宮田とうふですが、最初は店頭に置いていただくのにさえ大変でした。「スーパーのバイヤーの方からは、『他商品と差別化できない』『200円は高すぎる』と言われました。味に自信はありましたが、素人が始めた商売ですから無理はありません。だから、お客様の口コミがきっかけで売れるようになったときは本当にうれしかったですね」

第6次産業のモデルに

現在、宮田とうふは、工房の直営店や地元スーパーでの販売のほか、移動販売車による行商もしています。「お宅の前をお声を掛けずに過ぎてしまうと、『今日はどうして寄ってくれなかったの』とお叱りを受けることもあります。ありがたいことです」

宮田とうふのファンが増えることが、地域の活性化につながっていけばこれ以上の喜びはありません。「1次産業の農、2次産業の工、3次産業の商が連携して相乗効果を発揮し、地域を元気にする6次産業を育てていきたいものです。だから今回のそばゆき姫(そばとうふ)は、とても大きなチャンスだと思います」

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